vol.518「『下町ロケット』のモデル企業に学ぶ、新規ビジネスの見つけ方」

V字研メルマガ

 1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.518

          by V字経営研究所 代表 酒井英之

 

「『下町ロケット』のモデル企業に学ぶ、新規ビジネスの見つけ方」

 

池井戸潤原作の『ハヤブサ消防団』。
テレビ朝日系列で放映されていますね。

 

私のような田舎者にとって
消防団は、とても身近な存在です。
というのも、岐阜県白川村で土木建設会社に務める
母の従妹一家は、代々消防団員です。

 

しかも、親子3代にわたって、
その活躍が認められ、陛下から叙勲されています。
とりわけ、白山連邦(南アルプス)での
登山遭難者の捜索・救助に多大に貢献しています。

 

地味だけど、社会に欠かせない消防団。
それを主人公に持ってくるとは、
さすがは池井戸先生。
ミステリーな展開に毎週ワクワクして観ています。

 

そんな池井戸先生の代表作は、
何と言っても技術開発に命を懸ける
中小企業経営者と社員の生き様を描いた
『下町ロケット』シリーズでしょう。

 

先日、そんな『下町ロケット』シリーズの2作目、
『下町ロケット2 ガウディ計画』のモデルとなった
企業を訪問、見学をさせていただきました。
https://www.shogakukan.co.jp/books/09406536

 

『下町ロケット2 ガウディ計画』は、
ロケット部品の開発で経営危機を脱した佃製作所に、
心臓病患者のための人工弁の開発依頼が
持ち込まれるところから始まります。

 

心臓病のためにサッカーがしたくてもできない…
そんな子供たちを何とかして救いたい。
その想いで心を一つにした佃製作所の社員たちが、
大企業の圧力や白い巨塔独特の権威主義を克服しながら、
世界初の製品を開発する物語です。

 

その物語のモデルとなったのが、福井市にある社員数90人、
創業75年のニット生地メーカーの福井経編興業です。

 

同社は繊維産業が本業ですが、その傍ら
2010年から心臓病患者のための
医療資材の開発に取り組んでいます。

 

ではなぜ、シルク生地メーカーが、
メディカル事業に進出することになったのか?
髙木社長は、私を含む同社を訪れた見学者に
丁寧に話してくださいました。
http://www.fukutate.co.jp/rocket/

 

キッカケは一本の電話でした。
ある大学教授から
「シルクで人工血管は作れませんか?」という問い合わせです。

 

この問い合わせを受けた髙木社長は即答します。
「できるんじゃないですか」

 

とはいえ同社は、人工血管はもちろん、
体内に入る製品など作ったことはありません。

 

また、高木社長は技術者ではありません。
文系の出身です。
ですから、確信があってそう応えたわけではありません。
が、「Yes」と応えました。

 

ではなぜ、そう応えたのか。
それは、地元福井のためでした。

 

繊維は福井の地場産業です。
繊維業界は、工場がアジアに移転して衰退傾向にあります。
また福井にはメガネという地場産業もありますが、
こちらも少子化の影響で衰退傾向にあります。

 

「地域あってこその企業」。
そう考える髙木社長は常日頃から、
地元福井のために日々新しい道がないか模索していたのです。

 

社長が探していた「新しい道」の条件は2つです。
・ニーズがあるもの。ニーズがないとシーズ(技術)は育たない
・世界に対して売れるもの

 

上記の大学教授から電話がかかってきたのは
そうしたタイミングでした。

 

実はこの教授は、
「生体適合性の高いシルクを材料に使えば、
人工血管を製品化できるのではないか」と着想してから
シルク素材メーカーに電話をかけ続けていました。

 

その数200件。
が、そのほとんどに断られたと言います。

 

人工血管は口径の違いから、
大口径、中口径、小口径に分類されます。
中でも直径6mm以下の小口径は血栓ができやすいことから、
長期にわたって使用できるものはありませんでした。

 

「Yes」と応えてから約2週間。
髙木社長はサンプルを作り、それを教授に送ります。
教授はそれを見てビックリします。
「こりゃ本物だ。ぜひ会いたい」
これがメディカル分野に参入するキッカケとなりました。

 

その取り組みの様子がテレビ番組で取り上げられると、
大阪医科大学(当時)の根本教授から
同社に電話がかかってきました。

 

すぐに大学病院に駆け付けた髙木社長は、
そこで心臓病に苦しむ子供たちの現実を知ります。
そして「自社の技術で何とかして子供体を救いたい」
そう強く思うようになったのです。

 

2014年以降、同社は大阪医科薬科大の
心臓血管外科医・根本教授や帝人との共同開発を進めます。
そして2023年7月、同社の医療材料「心・血管修復パッチ」は
厚生労働省の製造販売承認を取得したのです。
https://www.chunichi.co.jp/article/727759?rct=f_news

 

この話を聴きながら、私は
会社に予期しないオーダーが入った時、
「無理です。できません」と応えるのか、
「やれます」と応えるのかで、
将来が大きく変わることを思い知りました。

 

技術のこと、人財のこと、資金のこと。
新しいものづくりに挑戦しようと思えば、
リスクばかりが頭に浮かんできます。
そしてほとんどの企業は、リスクを避け安全な道を選びます。

 

そんな中で、「私はやる」と決断できるかどうか。
その判断基準は、依頼内容が個人の私欲ではなく
「社会の役に立つかどうか」。

 

高木社長には、それがありました。
それゆえに、同じ想いに共感する多くの人が
このプロジェクトに集まってきました。
小説化してくれた池井戸先生もその一人です。

 

また、国や県から、開発に必要な資金を
集めることもできました。
まさに、「頼まれごとは試されごと」であり、
同社は見事にその負託に応えたのです。

 

突然の頼まれごとは、
受け止め方次第で新規ビジネスのチャンスになります。

 

あなたは今、どんな頼まれごとに直面していますか?
それをどのように受け止めていますか?

 

ひょっとしたらその頼まれごとは、
苦しんでいる誰かの希望になるかもしれません。

 

もしそうなら、これを「試されごと」だと受け止めましょう。
そして、その希望のために挑戦してみましょう。