vol.517「その程度では、誰もついてこないビジョンとは」

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 1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.517

          by V字経営研究所 代表 酒井英之

 

「その程度では、誰もついてこないビジョンとは」

 

7月末に封切になった映画『キングダム 運命の炎』。
シリーズ3作目で、既にご覧になられた方も多いでしょう。
https://kingdom-the-movie.jp/

 

同作品は、中国の秦の始皇帝誕生を描いた
人気マンガの実写版です。
リーダーシップの何たるかが学べるという点で、
ビジネスマンのファンも大勢います。

 

その映画の予告編が3種類あるのですが
そのすべてに出てくるシーンがあります。
大軍を率いる伝説の大将軍(大沢たかお)が、
国王(吉沢亮)にこう尋ねるのです。

 

「いま一度確かめておきたいのです。
あなたはなぜ、中華統一を目指すのか」

 

中国のこの時代、国王と将軍は別々に存在しています。
日本の戦国武将は織田信長や武田信玄など、
国王(殿様)と将軍(軍を率いる人)は同じ人ですが、
当時の中国の国王の周りは文官ばかり。武官はいません。

 

今の世界各国を見ても、軍事政権でない限り
政府と軍隊は分かれています。それと同じです。
ただし、もし将軍から見て「国王、頼りなし」となれば
将軍が国王を見捨てることもあります。
そのくらい、将軍は強く、信頼された存在です。

 

このシーンは、将軍が国王に対し
「この人は、私が仕える価値があるか人物か」
を、試している質問と言えます。

 

人は、「何のために、誰のためにそれをするのか」という
目的に共感し、その目的を共有することで
ひとつのチームとなります。

 

それゆえに、人が共感する目的を、
自分の言葉で熱く語れることこそ
リーダーの最も大切な資質であり、仕事です。

 

実務(マネジメント)は第三者に任せることができます。
が、目的を語ることだけは、代理人に任せられません。
リーダーの熱量こそが人の心を動かすのです。

 

逆に、目的を語らなかったり、曖昧に語ったりすることは
組織をとても危険な状態にする行為だと言えます。
なぜなら、目先の利益を優先する拝金主義者ばかりを
集めてしまいかねないからです。

 

例えば、AOKIやKADOKAWAなどが
ライセンスを取得するために
大会組織委員会理事の元電通専務に賄賂を渡し、
有罪となった東京五輪事件。

 

その中に「サン・アロー」という
ぬいぐるみの企画・製造会社がありました。
創業は大正時代。業界では国民に
「ぬいぐるみ文化を浸透させた老舗」と言われています。

 

テディベアを日本に紹介し、
「テディベアミュージアム」を箱根や那須に開設。
長野五輪当時はスノーレッツのぬいぐるみの制作。
トトロのぬいぐるみを作っているのもこの会社です。
https://www.sun-arrow.com/

 

新聞に、その公判の模様が記載されていました。
サン・アローの元社長は、法廷で検察官から
「なぜ、五輪に関与したいと思ったのか?」と問われ、
次のように応えました。

 

「30年間元気のない日本をもう一度元気にしたいという
思いがあった」

 

もっともな志のように思われます。
高度成長時代に育った団塊の世代には
あの頃のこの国の元気さは、良い思い出であり
絶対的な正義(あるべき姿)だったのでしょう。

 

が、この回答に対し、検察側は
「売上げを増加させたいとの思いだった」と
バッサリ切り捨てました。

 

この社長が語る「日本を元気にしたい」という目的は、
余りにも具体性を欠き、共感を呼ぶどころか、
老人が語る昔話でしかなかったのです。

 

おなじことをAOKIの元会長も公判で語っています。
老人にとって「今一度、日本を元気にしたい」は
錦の御旗か水戸黄門の印籠なのでしょう。

 

また、ビッグモーターの社長が経営理念と称して語る
You tube映像があります。
1分の映像なので一度みてください。
https://www.youtube.com/watch?v=mX7TdDjmqK4

 

「これは理念ですか?」と言われると、
私には違うように思えます。
「ユーザーのため」「板金業者のため」という
思いは全く伝わってきません。

 

単にビッグモーターのビジネスのやり方を語っているだけです。
「やり方」ばかり語って、「あり方」ではないのです。

 

サン・アローとビッグモーター。
あなたは、どう感じましたか?
この程度では、誰もついてこないビジョンなのです。

 

では、どのようにして目的を語るのがよいのでしょうか?
その一つの手本が、モスバーガーです。
近年、同社はプラントベースのハンバーガーを
市場に出しています。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00100/080200094/

 

プラントベースとは、食糧危機や環境保護を背景に、
原材料に動物由来のもの(肉、魚、卵、乳製品など)を
使用せず、大豆など植物性原料を使用している食品のこと。

 

同社が3月に発売した「ソイシーバーガー」は、
人気のフィッシュバーガーを
プラントベースで再現した商品です。

 

このソイシーバーガー、売行きは定番のハンバーガーに比べ
1/5程度にとどまっています。
が、同社の商品開発部長は次のように語っています。

 

「売上げは重視していない、まずは商品を通じて、
企業の理念を知ってもらいたい」

 

同社の理念は「人間貢献・社会貢献」です。
この開発部長に対し、誰かがキングダムの将軍のように
「今一度確認したいのです。
あなたは、なぜソイバーガーを世に出すのですか?」と
尋ねたら、次のように答えたことでしょう。

 

「お客様がプラントベースという商品を食すことで
・人口爆発や環境破壊に伴う食糧危機が迫っている
・フードテックと言う食品の新しい技術がある
・食べ物を選択することが地球の安全な未来に繋がる
など、地球が置かれた現実を知って貰いたい。
そういう人間貢献・社会貢献がしたい」

 

こうした思考と行動の優先順位の付け方を
価値を前提した「価値前提」と言います。

 

価値前提で仕事をしている会社には
多くの共感者が集まります。
想いが同じ人同士が意見を交わし、力を合わせるので
いつか、価値を具現化し、かつ儲かる商品が誕生します。

 

キングダムは、まさにそうした
価値前提の組織の強さを描いた映画です。

 

あなたの組織は価値前提でしょうか?
それとも目先の利益や、
やり方に捉われたりしていないでしょうか?
夏休み、素敵な映画を見ながら
じっくりと考えてみてくださいね。