vol.421『「品質は人格である」をいかにわからせるか』

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 1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.421

          by V字経営研究所 代表 酒井英之

 

『「品質は人格である」をいかにわからせるか』

 

少し前のことですが、
福井のジュネリック医薬品メーカーの
水虫薬に睡眠導入剤が混入し、
死者が出る残念な事件が起きましたね。

 

「品質は人格である」
「一流の製品は、一流の人格から」
「ものづくりは人づくりから」
「ものをつくる前に人をつくれ」など、
多くのメーカーでは、昔からものをつくる一人ひとりの
人間性を高めていく重要性を繰り返し訴えています。

 

この事件はこうした経営者の想いが
現場に届いていないことから起きた悲劇でした。

 

が、これを定着させるのは簡単ではありません。
「いいもの作ったらええんやろ」
「なんでそんな片付けをせないかんのや。
どこに何があるか、俺は全部分かっとるわ」
「挨拶なんかせんだって、仕事に支障あらへん」
と開き直る職人肌の人は、
生産、建設、事務室、ITの現場に大勢います。

 

そういう人にどう考え方を切り替えてもらうか、
多くの経営者、管理者が悩んでいます。
これは、なかなか手ごわい問題です。

 

そんな中、先日『NHKスペシャル』で
パンデミックがスポーツに与えた影響を特集していました。
そこにこの問題を考えるヒントがあったので
今回はそれをお伝えします。

 

番組では、ドイツのブンデスリーガを取り上げていました。
ブンデスリーガは現在、無観客で開催されています。
試合は、全世界にテレビ中継されます。
その放映権料が入るために、スタジアムの入場料収入がなくても、
チームは収入を得ることができます。

 

番組のインタビューの中で、リーグのCEOは
「ブンデスリーガは商品なのです」と説明していました。

 

リーグを維持するだけの収入を確保できるのですから、
無観客でも試合をやるのは
経営者として当然の判断だと思います。
日本でプロ野球が無観客でも開催されたのは同じ理屈です。

 

その一方で、無観客試合に選手は違和感があると言います。
ブンデスリーガで活躍する長谷部選手は、
「ファンの声援の後押しがないので、
プレイに躊躇が出て踏み込むのが遅れる」
と語っていました。

 

また、ファンも違和感を覚えていました。
ドイツでは無観客試合を幽霊試合と呼び
それを止めるよう、国民の半数以上が
署名運動に参加したと言います。

 

番組の中では、祖父の代から地元のクラブチームの
ファンだという男性が登場しました。
彼は熱狂的なファンで、地元で開催される全試合を
スタジアムで観戦する人でした。

 

その彼が、ファンクラブを退会したと語りました。
ファンの熱狂のないサッカーの試合など、
興味がわかないのだそうです。
そして、無観客試合をやるクラブとリーグに対して
「自分たちは必要ないようだ」と表現していました。

 

ファンが最も大切にしていたのは
クラブだけではなくファン同士の一体感であり、
スタジアムで巻き起こる熱狂だったのです。

 

この状況にNHKの大越キャスターは
「プロの選手である自分を支えてくれていたのは
一人ひとりファンとの小さなつながり」
「熱狂とはそのつながりの集合体」
だと語っていました。

 

この言葉に、ものづくりもこれと同じだと思いました。
商品がそのまま使える完成品であっても、
ねじ一本の部品であっても
必ず、誰かの手元に届きます。そして、使われます。

 

商品が完成品の場合は、ユーザーは当然関心を持ちます。
部品の場合は、使う人はそのねじ一本一本に
注目していないかもしれません。

 

が、そのねじが支える機械や設備には注目しています。
使いながら「便利だな」「快適だな」と満足しています。
そして、もしそのねじ一本が折れたり摩耗したら、
その満足は失われてしまいます。

 

ユーザーの立場から言えば、
単に仕様書通りにつくられたものではなく、
丁寧に、「誰かの役に立とう」という想いを込めて
創られたものであって欲しいものです。

 

「ねじのつくり手」と「ユーザー」は
そうした想い=見えない糸で繋がっているのです。

 

大越キャスターの言葉をビジネスに置き換えれば、
「職人である自分を支えてくれているのは
一人ひとりユーザーとの小さなつながり」であり、
「企業への信頼とはそのつながりの集合体」なのです。

 

もののつくり手は、このユーザーと
つながっている感を忘れてはいけません。

 

かつて松下幸之助翁は
「ものづくりは、ものをつくっているんやない。
ものの先にあるお客様の夢をつくっているんや」と
繰り返し語ったと言います。

 

「いいもの作ったらええんやろ」の職人に
「あなたはユーザーとつながっている」を
分からせるには、経営者がそのことを、
何度も何度も繰り返し語るしかありません。

 

「まだ、わからへんか?」と笑いながら
根気強く、「いつかわかってくれるだろう」を胸に
語り続けていきましょう。