vol.447『経営と事業は何が違うのか?』

『経営と事業は何が違うのか?』

 

突然ですが、あなたは「経営」と「事業」とでは
何がどう違うとお考えですか?

 

これは私が経営者を養成する講座や
幹部研修でよく尋ねる質問です。
このような質問をするのは、二人の経営者から
次のように言われたからです。

 

「仕事なんか誰でもできる。経営を教えてやってくれ」。

 

これは、創業者であるA社長が、後継者の育成を
私に依頼してきた時の言葉です。
当時、後継者は仕事が大変できました。
しかし、A社長から見て、経営者になるには何かが足りなかった。
そこに気づかせて欲しいというのです。

 

もう一人のB社長は、私に次のように言いました。
「あの人は事業ができたかもしれない。でも経営はできない」。

 

これは、B社長が経営統合をした会社の社長を評価した言葉です。
統合した会社の社長には結局辞めてもらったのですが、
上記がその理由でした。

 

A社長もB社長も、仕事と経営、あるいは事業と経営に
明確な区分をつけています。
その違いはいったい何なのか。
そこを明確にしないと経営者は育成できません。
そこで、上記の質問を私は自分の受講生に投げるのです。

 

すると、皆さん同じようなことを言います。
それは、大まかに言うと事業の範囲は狭く、
経営はとても広いということです。

 

これを簡単に言いますと、
事業はお客様の問題を解決して利益を出すことです。
一方経営は、関わる人全てを幸せにすることとなります。

 

「三方よし」という近江商人の家訓があります。
三方は「自分よし、相手よし、世間よし」ですが、
この三方よしぐらい広い範囲で「よし」を追求するのが
経営だということです。

 

先日「ああ、これが経営だ」と実感することがありました。
それはある上場企業の幹部研修を行った時の話です。

 

この会社は、工具メーカーです。
社史に創業者の言葉が多く綴られていました。
その中に「経営」を語った言葉をたくさん見つけたのです。
例えば以下のような言葉です。

 

「これが俺の夢とロマンだ。
第一に『ドイツのマイスターの如き職人を育て
どんなに小さな工具でも良いので日本のナンバーワンのものを作る』
第二に『最高の品質の工具を作るのだから、
絶対に安い給料は払わない。
業界ナンバーワンの給料を払い従業員を幸せにする』
第三に『大ユーザーと直取引を行い、本当に何が必要かを知り、
必要とするものを作り得る会社とする』」

 

私はこれを読んでとても驚きました。
第一と第三は、多くの創業者が語るところです。
が、第二の「業界ナンバー1の給料を払い従業員を幸せにする」は、
夢とロマンの中にはなかなか出てこないことです。
しかも「絶対に安い給料は払わない」覚悟付きです。

 

この工具メーカーは、受注形態のビジネスモデルです。
お客様に課題がある時に呼ばれて行き、
その課題を共有し、解決策を共に考え、
一品物の工具を開発し指定された納期に間に合わせる。
顧客密着度と提供スピードの速さで成長してきました。

 

それを生み出すのは、社員一人ひとりのやる気です。
特にスピードは、モチベーションを常に高い状態に
維持しないと生まれません。
そのために創業者は、様々な工夫をしています。
業界ナンバーワンの給料を目指したのもその一つでしょう。

 

さらに創業者は次のような言葉を残しています。

 

「社員は社宝。社宝ががっちりとした生活の基盤を持って
仕事をやる体制を作り上げることが肝心」
「僕は必ず人の良いところを見るようにしている」
「とにかく勉強だ。誰のためじゃない。自分のためである」
「従業員を一人前に育てるには、道徳教育・人間教育が大切」
「(給料支給時の朝礼での社長の一言)
本日は私の喜びの日です。皆さんの喜びは私の喜びです」
「(食堂リニューアル時に担当者へ)
温かいものは温かく、冷たいものは冷たい状態で食べられる
自宅と同じような食堂にしてほしい」

 

特に食堂への要望は、社員への思いやりにあふれていますね。
私はいろんな経営者とお付き合していますが、
社員に慕われている社長はどなたも社員の食事について
この創業者と同じくらい気を配っています。

 

が、事業部長や本部長クラスの方から
食事についての話を聞くことはまずありません。
これが、事業と経営の違いを端的に表していると思います。
気にかけている範囲がずっとずっと広いのです。

 

合わせて私は、自分の講義で意地悪な質問をします。
それは「経営者として自信を持ったのはいつですか?」です。

 

このような質問をした時、
ある会社の工場長は次のように答えました。
「社員一人ひとりと面談をして、普段見られなかったような
笑顔が見え、面談の力を実感した時」

 

それを聴いたとき、この人は良い経営者になるなと感じました。
関心の対象が、事業から経営へと確実に広がっているからです。

 

経営方針を立て、目標利益を稼ぎ、
再投資することはとても大事です。
これは経営の父性的な部分です。

 

その一方で、従業員が今日も健やかであるかどうか。
気持ちよくやりがい持って働いてくれているかどうか。
それによって、お客様に喜んで頂ける製品やサービスの
提供ができているかどうかを考える。
これは経営の母性的な部分です。

 

父性だけでは十分とはいえない、
母性をも併せ持った人が良い経営者なのでしょう。

 

あなたにとって事業と経営はどう違いますか?
答えのない質問ほど、人に多くの気づきをくれます。
是非、自分なりの定義を考えてみてください。