vol.479『インフレ局面に最優先すべきこととは?』

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 1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.479

          by V字経営研究所 代表 酒井英之

 

『インフレ局面に最優先すべきこととは?』

 

物価の高騰が続いていますね。
日銀の量的緩和政策に伴う円安、
コロナによる部品供給不足、
ウクライナ紛争によるエネルギーコストの上昇。

 

この三重苦によって、
原料コストが値上がりしています。
特にエネルギーコストの値上がりは
中小企業を締め付けています。

 

こうしたインフレ傾向は、
政府が望んでいた賃金上昇を伴ったインフレと違い、
賃金上昇のないインフレですからタチが悪い。
経営者はこの難局に覚悟を持って臨まねばなりません。

 

ドイツの宰相ビスマルクの言葉に
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」があります。
タチの悪いインフレにどう立ち向かうか。
今回は歴史に学んでみたいと思います。

 

タチの悪いインフレは、この国ではオイルショックの時におきました。
OPECが原油の供給制限と輸出価格の大幅な引き上げを行い、
国際原油価格は3カ月で約4倍に高騰しました。

 

これに伴い、第1次オイルショック前5.7%だった
一般消費者物価上昇率は、昭和48年には15.6%、
昭和49年は20.9%と急伸。
時の大蔵大臣は、「狂乱物価」と名付けました。
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history4shouwa2.html

 

当時私は小学校5年生。
それまで大好きなクリームパンを一個買うのに、
50円玉を出せば15円くらいお釣りがもらえたのですが、
突然買えなくなり、大変ショックだった覚えあります。

 

この局面で、トイレットペーパーの
取り付け騒ぎが起きました。
が、品不足に陥ったのはトイレットペーパーだけではありません。
多くの商品の品不足に陥りました。

 

その原因は原油の供給量不足など様々ですが、
品物が消えた主な理由の一つに、
メーカーや問屋の売り惜しみがあります。
在庫を意図的に隠す会社が続出したのです。

 

昨日仕入れたものも今日売れば、
それは適正価格でしか売れません。
が、1カ月先に売り出せば、何パーセントも高く売れます。
3カ月先に売り出せば、倍以上の価格で売れます。

 

利ざやはどんどん大きくなります。
ですから、在庫があるのに「在庫はない」と言って
わざと出荷しないメーカーが続出したのです。

 

こうした会社は、この瞬間、大儲けしました。
が、隠していた在庫を売り切ってしまえば、
そこから先は従来通り、高いものを仕入れて、
それにマージンを乗せて売ることになります。

 

よって大儲けできるチャンスは、
その一回だけということになります。

 

ところが、こうした仕入れ先の横着な姿勢を
小売店の購入担当はよく覚えています。
そして本当に品物が欲しい時に、
分けてくれなかったメーカーに対して、
「貴社のそういう態度は信用ならない」と、
以後、取引を切ってしまったのです。

 

逆に、そういうときでも品物を出し続けた会社は
「貴社のそういう姿勢は信頼できる。
今後は貴社から調達したい」と
小売店の方から取引の申し出がありました。

 

結果的に短期間で大儲けした企業のほとんどが
その後倒産しました。短期的な動きのために、
長期的な信用を失ってしまったのです。
一方、市場の要望最優先で品物を出した会社は、
客数を増やし、成長しました。

 

このことは、伝説の経営コンサルタント一倉定先生の
『中小企業の社長学』に出てきます。当時一倉先生は、
「どんなに先行き値上がりが見込めるからと言っても、
3か月以上の在庫を持ってはいけない」と指導しています。

 

さすがの慧眼、アドバイスですね。

 

もう一つ、ハイパーインフレ時の事例をお伝えします。
私のクライアントの工作機械メーカーが、ブラジルに進出。
その直後、現地でハイパーインフレが発生したのです。
93年にはブラジルのインフレ率は
実に2000%を超えたといわれています。

 

ブラジル現法の責任者は、日本から派遣されました。
米国の現法から米国人が出向で参加しました。
そして現地で人材を募り、サービスマンに育てました。

 

現法の立ち上げには、同社特有のルールがあります。
それは、一度進出した国・地域からは、
どんなことがあっても撤退しないということです。

 

万が一撤退すれば、その国の人は
「あの日本企業はいつかいなくなるかも…」と疑います。

 

すると、次に進出したときに、
「また撤退されたら困る」と考えて、
現地の人は買ってくれなくなる。
その信用を守るために、絶対に撤退しないのです。

 

同社はショールームを作り、デモ機を確保しました。
市場は順調に開拓され、陣容も整い、
ビジネスが軌道に乗り始めたまさにそのとき、
ハイパーインフレがやっていました。

 

この状況下で、多くの日本企業がブラジルから撤退をしました。
が、同社には上記のルールがあります。撤退は許されません。
さて、あなたが責任者なら、どうしますか?

 

そのとき、日本人の責任者がとった行動は以下です。

 

①手持ちの在庫はデモ機も含めて処分
②米国法人からの出向者は全て返す
③現地採用の職員も3名を残してレイオフ
④残ったのは3名のサービスマンです。彼らはこれまで
売ったお客様の機械のメンテナンスを続ける

 

ハイパーインフレの中でも、
工場の稼働を続けているお客様がいます。
その既存客を支援することを最優先したのです。

 

上記は現法の責任者の正しい判断として、
同社がたびたび管理職研修のケーススタディの題材として
用いているものです。

 

「どんなことがあってもお客様第一主義」。
このことを学んで欲しくて出題するのですが、
残念ながら、正解はまず出ません。

 

それゆえに、目先の目標達成に追われて
日々マネジメントしている管理者には
大きな気づきを与える良質な問題と言えます。

 

あなたは、この厳しいインフレ局面で
何を最優先して行動していますか?
値上げはやむを得ないことととはいえ
既存客に対して誠実な、正々堂々とした
対応をすることが一番大切ですね。