vol.420「『麒麟がくる』と『半沢直樹』の意外な共通点とは?」

V字研メルマガ

 1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.420

          by V字経営研究所 代表 酒井英之

 

「『麒麟がくる』と『半沢直樹』の意外な共通点とは?」

 

先々週終了した大河ドラマ『麒麟がくる』。
光秀はなぜ、本能寺の変を起こしたのか?
その謎がどのように描かれるのか話題を呼びました。

 

私も岐阜市出身者として関心を持って見ていました。
今回はこのドラマを見て気づいたこと書きたいと思います。
(ネタバレ含みますのでご注意ください)

 

光秀が謀反への決意を固める
象徴的なシーンがありました。
それは信長の妻であり、
斎藤道三の娘である帰蝶が光秀に語った言葉です。

 

「今の信長さまを作ったのは
父上であり、そなたなのじゃ。
万(よろず)、作った者が
その始末を成すほかあるまい。違うか?」

 

また、このドラマの中では信長自身も
「わしを変えたのは戦ではない。そなたじゃ」と
光秀に詰め寄るシーンがありました。

 

モンスターは誰かによって作られる。
そのモンスターを始末するのは、
モンスターをつくった者だ、という指摘です。

 

世の中にはモンスターのような経営者がいます。
事業を興しどんどん事業を拡大し
周囲からはカリスマと崇められ、
まるでその人の言葉で世の中が動いているかのような
影響力を待つような人です。

 

このような企業は、その後二通りに分かれます。
一つは安定成長期を迎えたタイミングで
構造転換を果たし、健全経営に移行するケース。

 

もう一つは、急成長時代の規模拡大前提の
ビジネスモデルから転換できず、
成熟期に入ってから借入金が莫大になり
粉飾決算の果てに倒産してしまうケースです。

 

かつてのカネボウやダイエー、そごう、
山一證券などは後者のケースです。

 

超大企業でなくとも
インターフェロンやトレハロースなどの
画期的な開発で有名な岡山の
(株)林原はその代表例だと思います。

 

林原は倒産当時のグループ売上高は
700億円超でありながら負債総額は1,300億円、
債務超過は500億円を超えていました。
https://toyokeizai.net/articles/-/5848

 

なぜこんな巨額の負債を抱えてしまったか?
当然ながら、銀行が融資し続けたからです。
それは林原が粉飾決算をしていたからですが、
銀行はそれを見抜けませんでした。

 

なぜなら当時の林原は、
株主総会を開いていなかったからです。
林原は中興の祖の林原一郎氏が急逝した後、
当時大学生で19歳だった林原健氏が社長に就任します。
彼は研究開発畑の人で、上記のような
画期的な発明を次々と生み出しました。

 

それを支えたのは5歳下の弟で専務の林原靖氏です。
先代の一郎氏は、日本は土地本位制だと語り、
本業の利益で岡山駅前や京都など多くの土地を買い、
次世代に遺しました。

 

靖氏は社長である兄に研究開発に専念してもらおうと、
土地を担保に資金調達し、研究開発費に充当しました。
そして管理や営業部門など開発部門以外のすべての
職務を引き受け、兄の健氏を援けてきました。

 

その健氏は次のように語っています。
「すべての決議を私の一存で決められるのに、
株主総会を開いても意味がないと考えた。
私と弟の靖の意見が一致していることを確認すれば、
株主総会を開く意味がないと思った」。

 

さらに同社は取締役会も開催せず、
形だけ取締役会を開いたことにして議事録を作成し、
実態は健氏と靖氏の一存で重要事項を決定していました。

 

しかも、創業以来法律で定められている
会計監査人がいませんでした。
こちらも「どうせ林原家の会社だ。
どんな経営をしようが自由だ」がその理由です。

 

今流にいえば、ガバナンスの欠如ですが、
それを可能にしてしまったのは
メインバンクが中国銀行だったからです。

 

実は、林原は中国銀行の筆頭大株主でした。
それゆえに中国銀行側からは、誰もこの状態に
NGを突き付けることができなかったのです。

 

おそらく先代の林原一郎氏の時代や、
画期的な発明で林原が一躍有名になった頃、
林原を担当していた銀行員たちは、
林原家の皆さんと夢を語り合っていたでしょう。
そこには友情があったと思います。

 

しかしながら、いつしか借金が膨らみ、
林原は銀行に対し虚偽の報告をするようになり
銀行は同社のガバナンスの欠如に対して
何も言えない状態になっていました。

 

この不幸な関係は2010年、突如幕が引かれます
幕引きを担ったのは、メインバンクだった
中国銀行と住友信託銀行です。

 

林原はこの主力2行に対し、
虚偽の決算書を出していました。
しかも、それぞれに中身の違う決算書を出していました。
このことに2行が気づき、それを契機に
一気に会社更生法制法適用へのシナリオを描いたのです。

 

この流れを見ると、モンスターを育てたのは
銀行であることが分かります。
そしてモンスターを註したのも銀行であると分かります。

 

光秀のように同じ人物はないでしょうが、
先輩の銀行員が育てたモンスターを、
後輩の銀行員が、銀行員の職業倫理観に則って
モンスターを倒したという話です。

 

カネボウやダイエーも
かつては銀行員達と夢を語り合っていたと思います。
そしてモンスター化し、ついに倒産をしました。
幕を引いたのは産業再生機構ですが、
生み出した者が幕引きをしたと言えるでしょう。

 

去年流行った『半沢直樹』も、まさにそんなドラマでした。
上司・先輩が作ったモンスターを、
部下で後輩の半沢直樹が註する話でした。

 

『麒麟がくる』も『半沢直樹』も物語の本質は同じですね。
光秀は「平らかな世を創る」リーダーの倫理観、
半沢直樹は銀行員の職業倫理観に照らし、
肥大化したパートナーの暴挙を止めました。
しかも、いずれもとても少ない戦力で、です。

 

三日天下と言われた光秀の選択が今に語り伝えられるのは
註した信長の存在の大きさによるところ大ですが、
人として、職業人としての職業倫理観の大切さを
今に、後世に教えてくれているかもしれませんね。

(参考文献:林原健著『林原家』(日経BP)林原靖著『破綻』(WAC))