V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.519
by V字経営研究所 代表 酒井英之
「甲子園優勝の慶応高校に学ぶイノベーティブな組織のつくり方」
夏の甲子園で慶応高校が優勝しましたね。
サラサラヘアで、イケメンで
笑顔が眩しい爽やか君たちの優勝に、
多くの人が高校野球の新時代を感じと思います。
その中でとてもビックリしたことがあります。
以下は、優勝直後の森林監督のインタビューです。
「うちがこうやって優勝することで、
高校野球の新たな可能性とか、多様性とか、
そういったものを何か示せればいいと思って、
日本一を狙って、常識を覆すという目的に
向かって頑張ってきたので
何かうちの優勝から新しいものが生まれてくるのであれば、
それは本当にうれしく思いますし、
うちの優勝だけではなくて、
高校野球の新しい姿につながるような
この勝利だったんじゃないかと思います」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/10919999
また、主将の大村選手は次のように語りました。
「日本の高校野球を変えたい。
新しい価値観や常識を率先して発信したい。
笑われることもあった。
それに耐えて、そういう人を見返して、
絶対日本一になるんだと頑張ってきた。
つらい思いが全部報われた」
さらに、先頭打者として活躍した丸田選手は
以下のようにインタビューを結んでいます。
「野球の価値を僕らが示せたのなら幸せ。
野球を楽しみ尽くせたと思います」
なんと3人が3人とも
『高校野球の新たな可能性とか、多様性とか、
そういったものを示す、伝える』という目的で
野球をやってきたと言っています。
このチームにとって日本一になることは、
そのための手段でしかなかったのです。
そして、そのことが、監督から選手まで
一貫している点に驚きました。
グランドでプレーするのは選手です。
ですから、選手が監督と
同じ志(目的)を抱いていることは
成果を出すためには欠かせないことです。
しかし、これは大変難しいことです。
監督がどんな崇高な志を持っていても、
「甲子園に行くのが夢だから頑張る」
「レギュラーになるために頑張る」
「プロの目に留まりたいから頑張る」という
自己チュウな選手がいてもおかしくありません。
何かを成したい、と人が強く抱く志(目的)には、
全部で4種類あります。
Ⅰ.自分の快楽の追求のために頑張る
Ⅱ.自分の苦痛からの解放のために頑張る
Ⅲ.誰かの快楽の追求のために頑張る
Ⅳ.誰かの苦痛からの解放のために頑張る
このうち、甲子園で活躍している球児に
最も多い志はⅠだと思います。
「優勝したら自分がとても気持ちいいから頑張る」。
また、自分を育ててくれた親や監督への感謝を込めて
「親(監督)の快楽の追求のために頑張る」
というⅢの志を持った球児もいるでしょう。
が、慶応高校は監督以下、主将も先頭打者も違うのです。
彼らの動機はⅣ「誰かの苦痛からの解放のために頑張る」です。
このときの「誰か」とは、全国の同じ高校球児です。
「高校野球こうあるべき」という常識に苦しんでいる
球児を救いたかったのです。
では、球児はどんな常識に苦しんでいるのか。
以下は森林監督が著書
『Thinking Baseball』(東洋館出版社 2020年)で
述べているおかしいと思う高校野球の常識です。
https://baseballking.jp/yakyuiku/259519
「別に坊主頭じゃなくても、何も問題ないのではないか」
「挨拶の仕方や入場行進など何をするのも一緒(同調圧力)」
「監督が絶対的な存在である必要があるのか」
「そもそもサインなしでプレーしてもいいのではないか」
「打者が横目でキャッチャーの位置を確認するのはカンニングと同じ」
「細かく指導することが成長の邪魔になっているのではないか」
「高校生が主役となって、もっとチーム作りに携わってもいいのではないか」
https://number.bunshun.jp/articles/-/858351
高校野球界で、こうした問題に気づいた人は
他にいなかったのでしょう。
いたとしても、「おかしいから自分が正そう」と
思って行動した指導者は皆無でした。
が、森林監督はそれを実践しました。
そして、慶応野球部の生徒たちはその考えに共感し、
自分たちの手で常識を覆すために、日々練習を積んだのです。
その結果、3人揃って「Ⅳ」のコメントをしました。
このことは、『カンブリア宮殿』に登場する
多くのスタートアップ企業の経営者も同じです。
・少量印刷がもっと安くならないかを考えた「ラクスル」。
・衰退する名店のお菓子をもっと流通させたいと考えた「スナックミー」。
・衰退する家具屋の魅力を欧州並みに高めたいと考えた「リビングハウス」。
・介護を敬護と呼び、安心のレベルを高めたいと考えた「リハプライム」。
・途上国から世界に通用するブランドができないか考えた「マザーハウス」。
皆、長年業界の常識と言われていたことに疑問を持ち、
独自の仕組みを創り上げ、多くの支持を得たのです。
その動機はすべてⅣでした。
実は、4種類の目的のうち、
一番強い動機はⅣ「誰かの苦痛からの解放のために頑張る」です。
Ⅰ・Ⅱのように「自分のため」だけなら、
自分が嫌になったらいつだって止められます。
また、人の共感が得にくく仲間が増えません。
その点、Ⅳは同じ痛みを抱える人が共感し、仲間が集まってきます。
Ⅰ・Ⅲの快楽の追求は、実行を先送りすることができます。
が、Ⅱ・Ⅳの「苦痛からの解放」は待ったなしです。
早く解決しないと、苦しい状態が続くからです。
そう考えると、慶応高校野球部のメンバーは、
最強の動機で野球をやっていたといえます。
動機が強いから、技量が同じ相手ならば
集中力に勝るのは当然なのです。
もし、あなたが中小企業のリーダーならば、
森林監督のように自分が気づいている
業界の「おかしな常識」を言語化してみましょう。
そして、それを発信してみましょう。
もし、社内外に共感者が少なからずいるようなら、
そのたちのチカラを集めて業界の常識を覆し、
業界全体を新しい方向に導けないか考えてみましょう。
あなたのイノベーションはそこから始まるのです。
V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.518
by V字経営研究所 代表 酒井英之
「『下町ロケット』のモデル企業に学ぶ、新規ビジネスの見つけ方」
池井戸潤原作の『ハヤブサ消防団』。
テレビ朝日系列で放映されていますね。
私のような田舎者にとって
消防団は、とても身近な存在です。
というのも、岐阜県白川村で土木建設会社に務める
母の従妹一家は、代々消防団員です。
しかも、親子3代にわたって、
その活躍が認められ、陛下から叙勲されています。
とりわけ、白山連邦(南アルプス)での
登山遭難者の捜索・救助に多大に貢献しています。
地味だけど、社会に欠かせない消防団。
それを主人公に持ってくるとは、
さすがは池井戸先生。
ミステリーな展開に毎週ワクワクして観ています。
そんな池井戸先生の代表作は、
何と言っても技術開発に命を懸ける
中小企業経営者と社員の生き様を描いた
『下町ロケット』シリーズでしょう。
先日、そんな『下町ロケット』シリーズの2作目、
『下町ロケット2 ガウディ計画』のモデルとなった
企業を訪問、見学をさせていただきました。
https://www.shogakukan.co.jp/books/09406536
『下町ロケット2 ガウディ計画』は、
ロケット部品の開発で経営危機を脱した佃製作所に、
心臓病患者のための人工弁の開発依頼が
持ち込まれるところから始まります。
心臓病のためにサッカーがしたくてもできない…
そんな子供たちを何とかして救いたい。
その想いで心を一つにした佃製作所の社員たちが、
大企業の圧力や白い巨塔独特の権威主義を克服しながら、
世界初の製品を開発する物語です。
その物語のモデルとなったのが、福井市にある社員数90人、
創業75年のニット生地メーカーの福井経編興業です。
同社は繊維産業が本業ですが、その傍ら
2010年から心臓病患者のための
医療資材の開発に取り組んでいます。
ではなぜ、シルク生地メーカーが、
メディカル事業に進出することになったのか?
髙木社長は、私を含む同社を訪れた見学者に
丁寧に話してくださいました。
http://www.fukutate.co.jp/rocket/
キッカケは一本の電話でした。
ある大学教授から
「シルクで人工血管は作れませんか?」という問い合わせです。
この問い合わせを受けた髙木社長は即答します。
「できるんじゃないですか」
とはいえ同社は、人工血管はもちろん、
体内に入る製品など作ったことはありません。
また、高木社長は技術者ではありません。
文系の出身です。
ですから、確信があってそう応えたわけではありません。
が、「Yes」と応えました。
ではなぜ、そう応えたのか。
それは、地元福井のためでした。
繊維は福井の地場産業です。
繊維業界は、工場がアジアに移転して衰退傾向にあります。
また福井にはメガネという地場産業もありますが、
こちらも少子化の影響で衰退傾向にあります。
「地域あってこその企業」。
そう考える髙木社長は常日頃から、
地元福井のために日々新しい道がないか模索していたのです。
社長が探していた「新しい道」の条件は2つです。
・ニーズがあるもの。ニーズがないとシーズ(技術)は育たない
・世界に対して売れるもの
上記の大学教授から電話がかかってきたのは
そうしたタイミングでした。
実はこの教授は、
「生体適合性の高いシルクを材料に使えば、
人工血管を製品化できるのではないか」と着想してから
シルク素材メーカーに電話をかけ続けていました。
その数200件。
が、そのほとんどに断られたと言います。
人工血管は口径の違いから、
大口径、中口径、小口径に分類されます。
中でも直径6mm以下の小口径は血栓ができやすいことから、
長期にわたって使用できるものはありませんでした。
「Yes」と応えてから約2週間。
髙木社長はサンプルを作り、それを教授に送ります。
教授はそれを見てビックリします。
「こりゃ本物だ。ぜひ会いたい」
これがメディカル分野に参入するキッカケとなりました。
その取り組みの様子がテレビ番組で取り上げられると、
大阪医科大学(当時)の根本教授から
同社に電話がかかってきました。
すぐに大学病院に駆け付けた髙木社長は、
そこで心臓病に苦しむ子供たちの現実を知ります。
そして「自社の技術で何とかして子供体を救いたい」
そう強く思うようになったのです。
2014年以降、同社は大阪医科薬科大の
心臓血管外科医・根本教授や帝人との共同開発を進めます。
そして2023年7月、同社の医療材料「心・血管修復パッチ」は
厚生労働省の製造販売承認を取得したのです。
https://www.chunichi.co.jp/article/727759?rct=f_news
この話を聴きながら、私は
会社に予期しないオーダーが入った時、
「無理です。できません」と応えるのか、
「やれます」と応えるのかで、
将来が大きく変わることを思い知りました。
技術のこと、人財のこと、資金のこと。
新しいものづくりに挑戦しようと思えば、
リスクばかりが頭に浮かんできます。
そしてほとんどの企業は、リスクを避け安全な道を選びます。
そんな中で、「私はやる」と決断できるかどうか。
その判断基準は、依頼内容が個人の私欲ではなく
「社会の役に立つかどうか」。
高木社長には、それがありました。
それゆえに、同じ想いに共感する多くの人が
このプロジェクトに集まってきました。
小説化してくれた池井戸先生もその一人です。
また、国や県から、開発に必要な資金を
集めることもできました。
まさに、「頼まれごとは試されごと」であり、
同社は見事にその負託に応えたのです。
突然の頼まれごとは、
受け止め方次第で新規ビジネスのチャンスになります。
あなたは今、どんな頼まれごとに直面していますか?
それをどのように受け止めていますか?
ひょっとしたらその頼まれごとは、
苦しんでいる誰かの希望になるかもしれません。
もしそうなら、これを「試されごと」だと受け止めましょう。
そして、その希望のために挑戦してみましょう。
V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.517
by V字経営研究所 代表 酒井英之
「その程度では、誰もついてこないビジョンとは」
7月末に封切になった映画『キングダム 運命の炎』。
シリーズ3作目で、既にご覧になられた方も多いでしょう。
https://kingdom-the-movie.jp/
同作品は、中国の秦の始皇帝誕生を描いた
人気マンガの実写版です。
リーダーシップの何たるかが学べるという点で、
ビジネスマンのファンも大勢います。
その映画の予告編が3種類あるのですが
そのすべてに出てくるシーンがあります。
大軍を率いる伝説の大将軍(大沢たかお)が、
国王(吉沢亮)にこう尋ねるのです。
「いま一度確かめておきたいのです。
あなたはなぜ、中華統一を目指すのか」
中国のこの時代、国王と将軍は別々に存在しています。
日本の戦国武将は織田信長や武田信玄など、
国王(殿様)と将軍(軍を率いる人)は同じ人ですが、
当時の中国の国王の周りは文官ばかり。武官はいません。
今の世界各国を見ても、軍事政権でない限り
政府と軍隊は分かれています。それと同じです。
ただし、もし将軍から見て「国王、頼りなし」となれば
将軍が国王を見捨てることもあります。
そのくらい、将軍は強く、信頼された存在です。
このシーンは、将軍が国王に対し
「この人は、私が仕える価値があるか人物か」
を、試している質問と言えます。
人は、「何のために、誰のためにそれをするのか」という
目的に共感し、その目的を共有することで
ひとつのチームとなります。
それゆえに、人が共感する目的を、
自分の言葉で熱く語れることこそ
リーダーの最も大切な資質であり、仕事です。
実務(マネジメント)は第三者に任せることができます。
が、目的を語ることだけは、代理人に任せられません。
リーダーの熱量こそが人の心を動かすのです。
逆に、目的を語らなかったり、曖昧に語ったりすることは
組織をとても危険な状態にする行為だと言えます。
なぜなら、目先の利益を優先する拝金主義者ばかりを
集めてしまいかねないからです。
例えば、AOKIやKADOKAWAなどが
ライセンスを取得するために
大会組織委員会理事の元電通専務に賄賂を渡し、
有罪となった東京五輪事件。
その中に「サン・アロー」という
ぬいぐるみの企画・製造会社がありました。
創業は大正時代。業界では国民に
「ぬいぐるみ文化を浸透させた老舗」と言われています。
テディベアを日本に紹介し、
「テディベアミュージアム」を箱根や那須に開設。
長野五輪当時はスノーレッツのぬいぐるみの制作。
トトロのぬいぐるみを作っているのもこの会社です。
https://www.sun-arrow.com/
新聞に、その公判の模様が記載されていました。
サン・アローの元社長は、法廷で検察官から
「なぜ、五輪に関与したいと思ったのか?」と問われ、
次のように応えました。
「30年間元気のない日本をもう一度元気にしたいという
思いがあった」
もっともな志のように思われます。
高度成長時代に育った団塊の世代には
あの頃のこの国の元気さは、良い思い出であり
絶対的な正義(あるべき姿)だったのでしょう。
が、この回答に対し、検察側は
「売上げを増加させたいとの思いだった」と
バッサリ切り捨てました。
この社長が語る「日本を元気にしたい」という目的は、
余りにも具体性を欠き、共感を呼ぶどころか、
老人が語る昔話でしかなかったのです。
おなじことをAOKIの元会長も公判で語っています。
老人にとって「今一度、日本を元気にしたい」は
錦の御旗か水戸黄門の印籠なのでしょう。
また、ビッグモーターの社長が経営理念と称して語る
You tube映像があります。
1分の映像なので一度みてください。
https://www.youtube.com/watch?v=mX7TdDjmqK4
「これは理念ですか?」と言われると、
私には違うように思えます。
「ユーザーのため」「板金業者のため」という
思いは全く伝わってきません。
単にビッグモーターのビジネスのやり方を語っているだけです。
「やり方」ばかり語って、「あり方」ではないのです。
サン・アローとビッグモーター。
あなたは、どう感じましたか?
この程度では、誰もついてこないビジョンなのです。
では、どのようにして目的を語るのがよいのでしょうか?
その一つの手本が、モスバーガーです。
近年、同社はプラントベースのハンバーガーを
市場に出しています。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00100/080200094/
プラントベースとは、食糧危機や環境保護を背景に、
原材料に動物由来のもの(肉、魚、卵、乳製品など)を
使用せず、大豆など植物性原料を使用している食品のこと。
同社が3月に発売した「ソイシーバーガー」は、
人気のフィッシュバーガーを
プラントベースで再現した商品です。
このソイシーバーガー、売行きは定番のハンバーガーに比べ
1/5程度にとどまっています。
が、同社の商品開発部長は次のように語っています。
「売上げは重視していない、まずは商品を通じて、
企業の理念を知ってもらいたい」
同社の理念は「人間貢献・社会貢献」です。
この開発部長に対し、誰かがキングダムの将軍のように
「今一度確認したいのです。
あなたは、なぜソイバーガーを世に出すのですか?」と
尋ねたら、次のように答えたことでしょう。
「お客様がプラントベースという商品を食すことで
・人口爆発や環境破壊に伴う食糧危機が迫っている
・フードテックと言う食品の新しい技術がある
・食べ物を選択することが地球の安全な未来に繋がる
など、地球が置かれた現実を知って貰いたい。
そういう人間貢献・社会貢献がしたい」
こうした思考と行動の優先順位の付け方を
価値を前提した「価値前提」と言います。
価値前提で仕事をしている会社には
多くの共感者が集まります。
想いが同じ人同士が意見を交わし、力を合わせるので
いつか、価値を具現化し、かつ儲かる商品が誕生します。
キングダムは、まさにそうした
価値前提の組織の強さを描いた映画です。
あなたの組織は価値前提でしょうか?
それとも目先の利益や、
やり方に捉われたりしていないでしょうか?
夏休み、素敵な映画を見ながら
じっくりと考えてみてくださいね。