V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.456
by V字経営研究所 代表 酒井英之
『パーパス経営は、理念経営とどう違う?』
「最近、『パーパス経営』って言葉を聞きますが、
あれは従来の理念経営と何か違うのでしょうか?」
このような質問を複数の経営者からいただきました。
何か新しい経営手法が出てきたと、
皆さん戸惑っているようです。
これに対し私は以下のように答えます。
「いえ、昔から言われている理念経営と同じです。
近年、ソニーなどの好業績企業がそう言いはじめ、
それをマスコミが取り上げるから話題になっています」
中小企業経営者は、過去10~30年以上もトップを務めています。
その間、ずっと学び続けています。
当然、理念経営を何年も前に学んでいます。
そして、その大切さを実感し、
自社に代々続く経営理念の意味を知り、
それを誰よりも理解、実践しようと努めてきました。
中には、経営理念の重要性から自分が心底納得できるよう
旧来のものを、新しく刷新された方もいます。
そうした経営者にとっては、パーパス経営は当たり前のことで、
理想であり、常日頃実践されていることです。
https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17469872
ただし、日経新聞等の主な読者には、そうではありません。
メインな読者は一部上場企業の管理者クラスです。
彼らは、10年、20年前は平社員です。
短期的な経営計画を遂行することのみを任務としてきました。
大企業の平社員にとって経営理念は、
特段必要性を感じない絵に描いた餅でしかありません。
ところが、出世して大きな組織を率いるようになると、
小さな組織を率いていた時と比べて
あまりにも勝手が違うため、彼らは戸惑います。
大きな組織になればなるほど、社員の向いている方向を
揃えるのは大変難しくなります。
また、組織を統率するにはルールが欠かせませんが
ルールを作る元になるのが価値観です。
それも定めねばなりません。
その時になって初めて、経営理念の大切さを知るのです。
つまり、上場企業のビジネスマンは、
管理者になって始めて、理念経営の大切さを
学んでいるわけです。
そんな彼らにとっては経営理念こそが、
好業績をあげる源だと考えるパーパス経営は
とても新鮮なのです。
こういう話をすると、中小企業経営者は本当に驚きます。
その社長の会社では、平社員まで経営理念を理解し、
それを基準に意思決定をすることができるからです。
それが当たり前であり、
お客様は「あそこの社員さんはいつも〇〇だよね」と
高く評価してくれます。
組織カルチャーがブランドになり、
最大の強みになっているのです。
ところが、大企業ではそのようなことがまずありません。
日本を代表する重電メーカーや自動車ディーラーで
長年の検査不正が発覚したり、
大手ハウスメーカーが営業停止処分を受けたりなど、
現場は経営者の意図と違う行動をとっています。
以前、お伝えした「経営はシステム」という図を再び見てみましょう。
1)経営理念:社員を幸せにする。世の中の社会的課題を解決する等
↓
2)ビジョン:〇年後のありたい姿、進むべき方向
↓
3)戦 略:どの事業にヒト・モノ・カネを集中するのか
↓
4)戦術・計画:いつまでに何をするのか
↓
5)日々の行動:計画に従って行動・働きやすい環境を整備
↓
6)予算実績対比:予定とのズレを確認
↓
7)評 価:頑張った人を評価する。模範とし指導者にする
↑
8)行動指針:当社の社員はかくあるべき
「この図の中で、あなたの会社で
繋がってない点はどこですか?」と尋ねます。
すると、大企業の人と中小企業の人では
ここが繋がっていないと応えるポイントが異なります。
大企業の人は、口を揃えて「1)と2)の間」が
駄目だと言います。理念とビジョンが繋がっていません。
大企業の経営理念は、どこも大変キレイな言葉です。
一方ビジョンは「3年後は売上〇億円を目指す」のように、
短期目標の数字を含んでいることが多いです。
そう言ったら最後、「何のための〇億円」ではなく、
「〇億円ありき」であらゆることが決められていきます。
それゆえに、繋がっていないと感じている社員が多いのです。
そのような組織は、環境の変化に流されやすくなります。
「やるべきか、やらざるべきか」を判断するときの基準が
「儲かるか、儲からないか」のみになります。
そのため、目先の利益と流行りを追いかけてしまい、
いつしか「わくわく」も「らしさ」を失い、
結果的にお客様も社員も離れていきます。
一方、中小企業の人は主に「7)がダメ」と言います。
人事制度が整っていないので人事考課ができません。
制度がある場合でも運用が恣意的で、
一人一人の活躍を正当に評価できているとはいえず、
本人への動機付けもフィードバックもありません。
「自分の何が評価される行動なのか」が分からないとき、
人は、自分を評価する「上の人の顔色だけ」を見て
考えるようになります。
結果的に、社員は上司に怯え、「指示待ち族」化し、
社員の働きがいを引き出すことができません。
中小企業経営者からよく
「企業と家業の違いは何でしょうか?」という質問も頂きます。
私の回答は「経営計画書と人事制度の両方整っているのが企業、
どちらかが足りないのが家業」です。
経営計画書と人事制度があれば、上記1)~8)がすべて繋がり、
システムとして経営が動くからです。
逆に、人事制度がないと、家父長の一存で全てが決まる
家父長制度時代の家と同じ組織体質になってしまうからです。
「理念経営」や「パーパス経営」など
呼び名は時代とともに変わります。
学者はそこに違いがあると言いますが、
大切なことは、いつの時代も同じです。
上記1)~8)が全て繋がって動くことです。
「パーパス経営」は短期利益追求型の欧米企業の
ビジネスマンには新しい概念なのでしょう。
が、長寿企業が世界一多く、
100年企業を目指す企業が多いわが国では
当たり前の概念です。
そんなわが国でも「パーパス経営」が話題になることで、
多くの経営者、大企業幹部が自社の経営を
志を起点として見直し、今日的な課題に気づくのなら、
とてもいいことですね。
貴社の理念(パーパス流に言えば志)は何でしょうか?
新年を迎える今、思い出してみましょう。
V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.455
by V字経営研究所 代表 酒井英之
『PDCAの呪縛から解放されるには』
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
年末ですね。
あなたは、この一年を振り返っていかがでしたか?
計画通りの1年を過ごすことはできましたか?
経営者から「PDCAが上手く回らないのです」という
相談をよくいただきます。
計画通りに事が進まない、という悩みです。
が、私はむしろそれは当然のことだと思います。
「PDCAをちゃんと回すのが上司の仕事」は、
右肩上がり時代の幻想で、
低成長の現代に「計画通り」は馴染まないのです。
成長市場では、先を読むのは比較的容易です。
例えば、山を切り開き新たに街を創る場合、
その街にはどんなインフラが必要で(道路、水道、ガス、電気等)
どんな施設が必要で(役所、警察、病院、学校、駅、住宅団地等)
どんな商業が必要か(総合スーパー、専門店、娯楽施設等)
容易に想像がつきます。
人口増加は読み間違うことのないトレンドです。
だから計画が立てやすく、一度立てたPはまず狂いません。
一方、低成長時代は、客数が伸びません。
そのため企業はお客様の奪い合いをします。
奪い合いに必要なのが、お客様のニーズに応えることです。
ところがお客様のニーズは、コロコロ変わります。
5年前、メルカリのようなC2Cサービスはありませんでした。
Uber Eatsもありませんでした。
今は、宇宙旅行が楽しめる時代です。
そのくらい変化が激しいですから、
先を読むことが大変難しいのです。
PDCAは一度作ったPは正しい、
Pは狂わないことが前提の理論です。
が、Pを立てた時と、それを実行するときに
客のニーズが変わっていたり、環境や技術の進化で
競争相手の状態が変わっていたりするのが低成長時代です。
直近の例ではアベノマスクがいい例でしょう。
あのマスクを創るぞ、と決めた時のPが
配布時点では、全く意味のないPになっていました。
また、リニア新幹線もそうでしょう。
Pを創り発表された時、市民から歓迎されました。
しかし、水資源に関する環境問題への意識や、
リモートワーク普及による移動ニーズの減少、
さらにコロナ禍が直撃したJR東海の赤字など
実行段階では予期せぬ環境変化が頻発し、
2027年の開通は先送りせざるを得ない状況になっています。
このことをPDCAサイクルの提唱者で、
品質管理の父と言われるデミング博士は当初から気づいていて
成熟時代はPDCAサイクルではなく、
PDSAサイクルを回すことが大切だと言っています。
PDSAのP(計画)とD(実行)は同じです。
SはStudy(振り返りと学習)で、
AはAnalyze(分析)です。
この真意は、Dをした後、その結果を振り返ります(S)。
想定した成果がでないとしたら、
Pを創る段階で何か読み違えたのではないかと疑い、
現状を再度分析します(A)。
そして今の環境に合うように対策を練り、
PをP‘に改善します。
その後、D’を実施するという流れです。
私はこのPDSA理論を10年前に知り、大変感激しました。
なぜなら、当時金融系シンクタンクで部長を務めていて、
一度作ったPDCAの呪縛に苦しんでいたからです。
その年、東日本大震災が発生しました。
環境は激変し、思うような活動ができませんでした。
が、「一度作ったPは絶対!」が当時の会社方針でした。
上層部からは思うような成果が出ないのは
「D=現場の努力が足りないからだ」と言われ、
随分責められました。そのため、上手くいかないときは
「Pから疑うべき」というPDSA理論に出会い、
精神的に随分救われたのです。
アベノマスクも同じです。
Pを創ったときはマスク不足でしたが、
配布された時は、市場に多くの民間のマスクが
流通していました。
この流通量の読み誤りが過剰在庫の根源ですが、
製造不良が多く供給が遅れたとか、
マスクメーカーの選定に問題があったなど、
Dの担当者ばかりが責められています。
もちろん「Pがおかしかった」という意見もありますが、
総理は国会で「正しかった」と答弁しています。
そのくらい、一度承認され、予算がついて執行された
Pを否定することはサンクコストの視点からも難しいのです。
リニア新幹線も同じですね。
先日、国土交通省がJR東海を指導しましたが、
本来、Pの内容を疑い、見直すべきタイミングなのに
Dを担う者を呼びつけて発破をかけても、
身動きが取れないだけです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5ff2b076659764e51ee64034c000bed2185bd521
どんなプロジェクトでも
目標達達成のためのPは必要です。
が、一度立てたPを絶対視し、
それに縛られてはいけません。
計画通りにうまく行かないときは、
「自分たちが立てたPに読み間違いがあったのではないか?」
「時間が経つうちに環境に合わなくなったのではないか?」
と考え、柔軟にPを改めましょう。
Pは目標を達成するための手段でしかありません。
目標達成のためには手段はいくら変えても良いのです。
また目標は、目的を実現するための
一里塚でしかありません。
大切なのは、「安全で安心できる日々を、さらに快適に過ごす」
「関わる人を観な幸せにする」という目的です。
18歳以下への10万円給付の方法が
クーポンから現金の即時給付に変わりましたが、
そんな柔軟性を持ちたいものです。
このことは、あなたの人生でも同じです。
年末に2022年のPを立てる方も多いと思います。
何度読み返してもワクワクするPを創りましょう!
そしてPDSAを回しながら、
充実の22年にしていきましょう!
V字研メルマガ
1回3分「ヘコタレをチカラに」 vol.454
by V字経営研究所 代表 酒井英之
「論語と算盤はどっちが先か?」
いつもメルマガをご購読いただいてありがとうございます。
今年も終わろうとしています。早いですね。
今年の大河ドラマの主人公は渋沢栄一翁でした。
渋沢栄一翁と言えば、やっぱり『論語と算盤』ですね。
これを経営に置き換えると、
「論語=経営理念」「算盤=戦略」となります。
どっちも大事で、そのバランスが肝心だと言っています。
が、私たち経営者は、
「どっちも大事」と言われるのが一番困ります。
そこで今号では、「どっちが先か」を考えてみます。
マサチューセッツ工科大学のキム教授は、
「論語と算盤」と同じことを、
『成功の循環』という理論で教えてくれています。
『成功の循環』は次のようなサイクルです。
「関係の質」
↓
「思考の質」
↓
「行動の質」
↓
「結果の質」
↓(一巡)
「関係の質」
関わる人たちが良い関係を築くと、思考が良くなる。
思考が良くなれば、行動が良くなる。
行動が良くなれば、結果が良くなる。
結果が良くなれば、関わる人たちの関係が良くなる、という理論です。
大切なのはこの循環を、どこを起点に考えるかです。
まず「算盤」の視点で考えてみましょう。
ビジネスに携わる人は誰しも
「いくら稼ぎたい。そのためには、
いくらの売らないといけない」と計画を立てます。
その計画が「思考」です。算盤の視点からの起点は、
「思考」になります。PDCAの P です。
思考(P)の質が良くなれば、行動(D)の質が良くなります。
高度の質が良くなれば、結果の質が良くなります。
つまり、儲かります。儲かったお金は、社員に分配します。
社員には高いボーナスを支給され、幸せになります。
が、この流れで経営できるのは、市場拡大時のみです。
拡大再生産が見込めるから、
5カ年計画を4年間で達成なんてことができてしまいます。
今のIT系ベンチャーは、この流れで回っています。
ところが、同じ企業でも、成熟市場に身を置くと、
目標達成は途端に難しくなります。
日本の GDPを見れば分かる通り、
前年を上回ること自体が難しいですし、利益率も低水準です。
よって、そこで行われるマネジメントは、
「計画通りにやったか?」「何で出来ないんだ?」
「言い訳ばかりするな!」「とっととやれ!」という、
強制的なものになりがちです。
このように強制されれば、人は「やらされ感」を強く感じます。
それによって社員は、上司を心理的に拒否するようになり、
コミュニケーションは断絶。
組織の一体感は急速に失われて行きます。
その結果、思うような利益が出ず、ボーナスも減額。
中堅社員の離職が後を絶たず、
中途採用した社員が更に雰囲気を悪くする
悪循環に陥ります。
市場が成長している時は、
『算盤』の視点でうまく回っていた流れが、
成熟期には機能しなくなってしまったのです。
そこで、『論語』の視点で成功の循環を考えてみましょう。
ここでは『論語』を、成功の循環の
「関係の質」を良くすることと置き換え、
「関係の質」を起点に考えてみます。
「関係の質」とは、仕事中で社員間の仲が良いことです。
お互いがお互いのことをよく理解し、
「言いたいことを、言いたい人に直接言える」とき、
関係の質が良いと考えます。
「言いたいことを、言いたい人に直接言える環境」を、
人一倍重視しているのは、星野リゾートの星野佳路社長です。
ご存知のように星野社長は、ホテルの再生を生業にしています。
立ち行かなくなったホテルを再生するのは、
そこに勤めていたホテルの従業員の皆さんです。
彼らが自分たちで話し合い、新たなホテルのコンセプトを打ち出し、
「そこに向かって今一度頑張ろう!」と考えるから、
ホテルが魅力的なものに変わっていくのです。
この過程で出てくるのは、
「言いたい事を、言いたい人に直接言って良い」という習慣です。
立ち行かなくなったホテルの社内では、
責任の押し付け合い、足の引っ張り合いが後を絶ちません。
言いたいことが言えず、陰口ばかりが横行する環境です。
そんな人たちに、星野社長は
「言いたいことは、言いたい人に直接言ってください。
そのことで発生した問題には、私が責任を取ります」と
再生を目指す従業員の皆さんに約束します。
この約束により、社員たちは徐々に本音を語り始めるのです。
これが再生への起点となります。
そのくらい、人は自分の意見を安心して言える環境を求め、
自分の意見が採用されるとモチベーションがぐんと上がるのです。
そこにあるのは、「やらされ感」ではなく、
「やってみたい!ワクワク」という感情です。
出来上がったプランに自分の意見が入っていたら、
社員の当事者意識はとても高くなります。
誰かが作った計画の押し付けでなく、
「これは自分たちの計画だ」という意識があれば、
何が何でも実現したいという意欲も強くなります。
こうして皆の思いが込められて作られたプランは、
「とにかく一遍やってみよう!」という
納得感の高い、ワクワクするものになります。
すると、それが困難で面倒くさい課題であっても、
「言い出したのは自分だから、最後まできっちりやろう」
「大変だけど、それ以上に結果が楽しみ」という、
最後までやり切る意欲を生みます。
その結果、「行動の質」が上がります。
当然のように「結果の質」も上がり、見事目標達成します。
それを皆で分かち合うから「関係の質」が良くります。
多品種・微量・短納期が求められ、
段取り替えが頻発する時代。
従来のオペレーションを抜本的に見直して、
無人化、自動化、遠隔化を考える時代。
さらにお客様に密着し、担当者の気づきと
おもてなし力でお客様に選ばれる時代。
このような時代にはチームで知恵を出し合い助け合う
「関係の質」を起点としたマネジメントが有効なのです。
ちなみに、星野社長の座右の銘は、
「侃々諤々(かんかんがくがく)です。
社員の能力を信じ、対話することで100%の能力発揮を
引き出すことの大切さを信じているのです。
あなたのマネジメントは「論語起点」ですか?
それとも「算盤起点」でしょうか?
来年に向けて、自社の起点について考えてみましょう。